「もんじろー」
「なんだ」
「あ、ごめんなんでもなかった」
「……。」
(暑い日)
文次郎は『なら呼ぶな』って言ってぷいっとまた顔を背けてしまった。あー違うのになーさっきまで用があったんだけどド忘れしちゃったんだよ無意味に文次郎の名前呼んでるほど暇じゃないよ私ー。ね。
紙をめくる音とそろばんを弾く音だけが聞こえる。ああこんな静かな部屋で二人きりだっていうのに何のときめきもありはしない、だって文次郎だ。幼なじみだからとか以前に、だって、文次郎だ。
縁側に座る私と、部屋の中で委員会のお仕事中の文次郎。あっついなー、庇があるから日は当たらないけど気温が高くて風がないので私の肌はじりじりと夏の熱を感じている。一緒にいるのが立花君とかだったら少しは涼しくなるかもしれないんだけど!
「あ、文次郎もうすぐ誕生日だねぇ」
「…もう夏だからな」
「しし座のB型って自己中代表みたいなプロフィールだよね」
「余計なお世話だ!」
邪魔するなら帰れ、と言われるけど、帰らない。だって文次郎といるの楽しい。
「ねえ私文次郎といるの好きだよ」
「…そうか」
「つまんないリアクションだなぁ」
「悪かったな」
会計委員会のことになると(いや、これに限ったことではないけど)文次郎はすっごい一生懸命なんでも仕事をしていて、自分の睡眠時間も削り、体調を顧みないようだ。後輩の団蔵君なんかの話を聞くと予算会議前になると3、4日の徹夜も珍しくはないとか。巻き込まれる下級生もかわいそうになぁ、でもこんなに一生懸命みんなのために頑張ってくれる委員長は頼もしいのだろう。ばかみたいに鍛錬ばっかりの文次郎がなんだかんだで慕われているのは、きっとそういうところにみんな気付いているからだ。そうやって頑張る文次郎はかっこいいと思う。
それにしても暑い。文次郎が黙っているのに暑いということは、これはつまり本当におてんとさまの熱だ。
「ねえ今度一緒にかき氷食べに行こうよ」
「あぁ良いな」
いつ行けるかなぁお互い六年にもなると結構忙しい。長期休暇でなければ休日も何かと買出しや行事で埋まってしまう。
「あっそうだ私この間後輩にね、潮江先輩と付き合ってるんですかって聞かれちゃったよ」
「あぁ?」
あからさまに呆れた顔をして、またちょっとだけ文次郎がこっちを向いた。何だそれ、と呟く。おおいちょっと失礼だろその反応は。
「変なこと言ってねぇだろうな」
「誰が言うかばーか。どうせなら立花君とお噂になりたかったー!」
「…あいつはやめとけ」
お前の手には負えねぇよ、と言って馬鹿にしたように笑う。うわあーなんかすっげえ腹立つわ。
「あぁでも私文次郎だったら良いかもしれない」
「な、何だ急に」
「ばっ動揺してやんのー!ふっははは」
「してねえよ馬鹿!」
だって文次郎は良いやつなのだ。ばかで口うるさくて無駄に熱いけれど、私が誰かに傍にいてほしいとき、ほんとうに悲しいとき、いつも一緒にいてくれたのは文次郎だった。ほんとは優しいんだよ、これ。
「その内付き合っちゃおうかー」
「は、お前の相手をしてやれるのは俺ぐらいだからな」
「こっちの台詞じゃー」
そう言って二人でけらけらと笑う。でも私文次郎とは付き合わないよ、だってそういう好きとは違うって分かってるからね。きっと文次郎もおんなじことをおんなじ風に考えているのだろうなぁ。間違ってもこいつに恋をしたりする日が来るわけがないのだ。そんなことがあったら笑ってしまうよ。
*
「え」
あぁ、
そういう、感じですか。
何を隠そうこの間、私に文次郎とのことを聞いてきた後輩の女の子は『潮江先輩が好き』なんだそうだ。わぁびっくりだ、文次郎も女の子に恋される日が来たのね…!
「だってさ伊作君。」
「え、あぁ、うん?」
ってそうだよねー突然話を振られたらこの反応が正しいよね確かに!でも今近くにいるのが伊作君しかいなかったら仕方ない。
「あんね、後輩の女の子が文次郎のこと好きなんだって」
「へぇそうなんだ!良かったじゃないか。どんな子?」
後輩だったら僕も知ってるかも、なんてにこにこしながら伊作君は言う。『良かったじゃないか。』うん、良かった。良かった。
「五年生だよ、ちっちゃくてかわいい子ー。良い子なんだよ、顔立ちは久々知君を女の子らしくしてもっと可愛くしたみたいな」
「…うーん…?よく分かんないけど、良い子ならそれにこしたことはないねぇ」
うん、そうなんだよね。良い子なんだすっごく。
食堂で文次郎を見かけた話なんかをするとき本当に幸せそうで、一瞬目が合ったんです、とかすごく何ていうのこう女の子!っていう夢見るような表情で語るあの子はほんとにかわいい。
しかしなぁやっぱり幼なじみとしてちょっと展開が気になる。文次郎に彼女ができてしまったらやっぱり彼女の誕生日について考えたりするのだろうかうわああ何だそれめっちゃ面白いじゃん!そういうことで私はぜひこの恋を追っていきたいと思う次第であります!
それから二週間くらい、実習やら試験やらで、ずっと文次郎に会わなかった。けれどどうしてだかいつもよりお前のこと考えてしまったよ、なんで。
(あー、そうだ、かき氷をいつ食べにいくかを決めなきゃいけないから)
(試験が返却されて泣きたかった日)
「僕この間、その女の子見たよ!」
食堂で偶然会った伊作君が話しかけてきた。ん、何、『その』って突然言われてもどの?
「え、何?」
「この前ちゃんが言ってた後輩の女の子。文次郎の話してた時のさ」
あーあーその話か!試験が終わって遊びまくっていてすっかり忘れていた。(いや、嘘かもしれない、忘れたふりをしていたのかも)
「何で分かったのー?あ、久々知君に似てるから?」
「うーんあんまり似てないんじゃないかな…そうそう、さっき演習場の前を通った時に二人を見たんだ、五年生の小さい子って言ったらたぶんあの子だと思ったんだけど」
ふたり?
「…え、え、何そこもう付き合ってんの?ていうか告白したの!?」
「い、いや分かんないけど、僕が通りかかったとき偶然いて、」
でも周りに他の生徒もいたかもしれない、なんて伊作君は言うけれど、ああ、マジですか。
うーん。
何か、とても、複雑な、気持ち。
・
・
・
「もーんじろー」
「あ?」
いつものようにだらだらと二人。ではなくて、食堂で文次郎が来るのを待ってた。なんか、偶然会ったふりでもしないと、話しかけられなくて。
「ねぇ、最近、なんか、変わったことあった?」
「変わったことだぁ?別にねぇよ」
「か、わったことっていうか、ちょっと良かったこと、とか」
私がそこまで言うと、文次郎はさすがに何か察したようだった。え、何、そんな、そういう風にちゃんと(察したりできる奴だったっけ)
「…大体聞いてんだろ」
「えっ何やっぱもう告白したの!?」
「声がでかい!」
ごめん、て言うと文次郎はいつもとなんら変わらない表情で、面白くもなさそうに「あいつから聞いてねぇのか」って言った。("あいつ"って何)
声が大きくならないように気をつけながら、話を続ける。
「やっぱ告白されたの?」
「あぁ」
「うわぁ」
「何だよ」
「え、なに、え、付き合ってん、の」
「あぁ」
ふわあと、頭の中が真っ白になった。
「っえ、オッケーしたんだ」
「…そうじゃなきゃこうなんねぇだろ」
「…そうだよねぇ」
あぁ、びっくりした、だってなんだか、現実じゃないみたい。
どうしてだか分からないけれど私文次郎が告白された後のことを一度だって考えようとしていなかった。考えるのを忘れていた。
「良かったね!」
「おう、ありがとな」
(何が、ありがとう、なのか)
ああー、
ばかだ、わたし、
笑えなんて、しなかった。(だってあの時は確かに思ったんだこいつに恋なんてする日が来たら笑ってしまうって)
かたはらに
(いつ何時も貴方の熱)
あぁ、かき氷、行けなくなっちゃったねぇ。
(遅すぎた 近すぎた)